運命の出会い

世界中のどこを探せば運命を見つけることができるんだとひとしきりに悩んだことがあることを思い出した。世の中の女性はみな運命的な出会いを信じていると私は考えている。占いが大好きだし、心理テストが好きだし、韓国ドラマが好きだし。恋愛そのものにおいては誰もが失敗の経験をしているはずなのに、昨日の事を何十年も前の事だと言っているんだ。そのくせ出会った当初は運命の人に出会ったと思っているのだ。どこをどう間違えればそんあ発想ができるのか。とんでもないプラス思考な人間じゃないかと思える。いや、うらやましいのだ私は。いや、男性はきっとそんな女性のたくましさに一層引け目を感じている時があるのではないかと思っているのだ。どういう事かは説明する間もないだろう。そこらじゅうで私は人間のストレスの塊を感じる事がある。もちろん目に見えるものではないけれども、感じるモノ。その根本的な所には「出会い」という言葉が大きく関わっているのではないかと。出会いとは男女だけの事だけではない。その出会いの重要性こそが人生を揺るがすそのものである。ある少年はひょんなことから自分の人生を大きく変えるロボットに出会い、ある少女は不思議な鏡の精と出会い人生が大きく変わった。「出会い」をテーマにした物語は数多く存在するが本来現実的なものはどこにもない。少女マンガのヒロインのように夢のような物語が始まることを信じている女性が多い。

ロマンを以って

男性がその要望に応えられるほどのレベルをもちあわせているのかと言えばそれは違う。だからできるだけそれに近づくことができるようにロマンチックな場面を必死で作り上げるのだ。女性はこう言う事をされるとうれしく成り自分を好きになってくれるのだとおおきな勘違いには全く気付かないままなぜか振られたときにでさえも、その理由がわからないのだ。おおよその男性はこう思うのだ。「自分の力不足だった」と。できれば早くにその勘違いを正してくれる人に出会ってほしいものだ。私はそのように人の事を人のことでしか見ることができないから、いつまでたっても心に響くような想いで女性と出会ったことがないのだろうと思う。

指輪を渡すときの方法なんてどうでもよい。とあるタレントが公表していた事をうのみにするならば、そのタレントは雪だるまの中に指輪を入れていたのだと言う。それが溶けてなくなった時に指輪様の登場だ。私からすればそんな無駄なことをしなくてももらいものはうれしいものだ。それでも男性はどう工夫をして演出し指輪を渡すかで一番時間を使うのだろう。それでいてどんな指輪が似合うかなどと考えて買う時間はほんの一部の時間なのだ。女性にとって演出してくれることもうれしいだろうが、要するに女性が一番気にしているのは、その指輪のセンスと金額なのだ。あとは渡すタイミングさえしっかり計画されていれば演出なんてまどろっこしい事をしなくてもグッとうれしいものだ。

価値観と恋愛感情の響き

色々な価値観がありそれが不思議なことに嬉しい感情というのはすこしでも嫌なことがあるとかき消されてしまう。嬉しいという気持ちは残念ながら刹那的なものへと変わりそしてこのたびは嬉しい気持ちを感じさせてくれてありがとうと一言さえも言えないうちに次から次へと新しい出会いがやってきては消えていく。出会いなんてそんなものだと鼻からそんなに期待していない人もいれば、人との出会いに日々感謝している人もいる。

こんな素敵な仲間にめぐり合うことができて私は幸せ者だと感謝するものは、当然のことながら仲間を大切に思うことができる素晴らしい人間だと言える。

出会いなんてものはどこにいようとも何をしていようとも訪れるものであり、それが幸か不幸かにわかれるのは最低でも何回もその人間を観察していなければわからない。観察力こそが自分のまわりに良い人間を置くことができるようになる手段そのものであり、自信をしるためにも必要なこと。どこにでもいるようなおちゃらけた人間にも長所と短所がある。

長所は短所にもなるもの。一概にやさしいといってもいろいろある。心の中に秘めているものなんて他人がわ かるわけがないのだから、優しいというのも単に物静かなだけかもしれない。

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人は出会いを探すために