結婚目的の出会いと恋愛
男女ともに共通していること。それは結婚願望が強い人と全くない人がいるということ。これは家庭環境に大きく左右されるのです。例えば、父と母の仲の悪さをみているとどうしても結婚に対する感情はマイナス方向へ向いてしまう。両親の仲の良さが成長後に響くことは、成長してからでないと理解できない。暴力に振るわれっぱなしの母親をみていたら自分は絶対に奥さんに暴力なんて降らないと思えるかも知らない。もしその暴力が自分のほうへ向かっていたら?自分の中には「父」=暴力であることを定義付けられてしまったに違いない。女性が乱暴されるところを見てしまえば乱暴シーンでしか性的な快感を得られなかったかもしれない。幼少期の記憶とは曖昧でありながら鮮明に脳にインプットされていて何かの拍子に飛び出してくるのだ。
出会ってすぐに恋愛感情が芽生える人
男性は女性の好みと母親像が酷似しているとされている。男性は無意識の中で母親の愛情を受けていたことでそれと似たモノを女性に求めるのだ。母親の記憶がない場合にはそれが例えば先生だったり近所のオネェさんだったりするのだ。まちがいなくその時に私はあるおおきなであいを果たしている事を幼少ながらに鮮明に覚えている。
出会いなんてものは誰にもあるものではないと思っていたが、自分にもちゃんとあったことを実感すると正に現状に何の不満もないと思える。彼女があの時どうしてあんなにも優しく接してくれていたのかそのころには理解できるはずもないのだ。それでも必死に恋をしてこっちを向いてくれるように懸命に何か派手な行動をしてみたり時には、声をかけてもらえるようにひとりぼっちで公園で三角座りをしてみたりしていたもの。あの時に感じていた胸のときめきは青春時代を迎えてもあまり変わらなかった。恋は何歳になっても変わらないものなのだ。その割には悩んだ時には非常に苦しい思いをして何もやる気が怒らなくなり、ちょっとした不安も払いのけることができなかったのだ。なぜあんなに苦しいことをみんな必死になって探し求めているのかは理解しがたいのだ。それ以上に深い喜びを感じることができるからか、それとも他に何か理由があるからなのかは乾いた心にはどんな答えを出されても響かないのだ。
恋愛って難しい
恋愛という感情は地球上にしか存在しないのだろうか。宇宙には存在するのだろうか。恋愛もろくに解らないのにもかかわらずそんなくだらないことだけは考えるのが得意なのだ。なぜなら考えている時間と言うのは少なくとも脳が回転しており働いている気がするからだ。考えている間は頭をかかえて孤独と闘う必要がなくなるからだ。これが唯一孤独と闘わずに済む解決方法であることは何年も前から気付いていたはず。