恋愛にとてつもない不安を感じる

恋愛恐怖症の克服は無駄な事をしないようにする事。まさしく恋愛そのものは意図的にできるものではない故にまずはかんがえようとしないこと。恐怖症と言う名の病はたくさん存在している。なかでもいちばん避けようと思えばいくらでも避けることができるのが恋愛である。むしろその事に感謝しなくてはならないのだ。おかげで周りの人間が恋愛に割いている時間を、恋愛恐怖症はもっと他の事に時間を費やせること。そうだ、プラスに考えよう。恋愛に費やしている時間などもったいないとすら思える。ならば一生恋愛に興味がわかなくても後悔しないのだ。曖昧でぼんやりとしていた気分が少しは晴れたような気分になった。今まで重く背負っていたものが「恋愛」に対する恐怖症だったなんて、とてもシンプルなことではないかと思った。

出会いなんて・・・

恋愛が出会いから始まるなんてだれが思いついた言葉なんだろうと思う。人は必死になって方法を考える。いや、それでいいと思う。なんせどこの百科事典にも載っていないのだから考えることは当然。私は恋愛に対して使っている"出会い"なんてくそくらえだと思っている。やれナンパ・やれコンパ・やれ出会い系無論それらが当然のように存在している事には反論はなく私が言っている出会いとは正しく「出会いがほしい」「出会いがない」といった類だ。人は恋愛を血眼になって探している。床にへばりついてまるでコンタクトレンズを落としてしまった人のように。

恋愛恐怖症もとい異性恐怖症の私が見下せるような立場でもない。びっくり人間は世界各国に存在している。要するに人には想像できないような人間がたくさんいるのだ。4人の夫婦がいた。彼らが出会ったのはその中の一人の男性だった。4人の夫婦とは一人の男性と三人の女性との夫婦関係であったのだ。世間には秩序という目には見えないまったくややこしい順番が存在している。この四人の夫婦にもその秩序があった。ややこしくいはあるがどこでも秩序が必要なのだ。秩序は恋愛においても夫婦関係においても存在していた。

的確な恋愛の流れ

恋愛の秩序って何なんだろう。物事の筋道・道理・正論・・・ではこれを誰が決めるのか。だって人によってバラバラであっては秩序の意味がなくなってしまう。正しいことがたくさんあってはややこしい。ややこしいから正しいことをなるべく一つに絞って順序立てるのだ。では恋愛において正しいこととは?言いかえれば理にかなっている事。大事なことを一つ忘れていた。恋愛には正しいも何もないのだった。それでは秩序なんてあったもんじゃないのでは?いや、それでもやはり「筋道」はあるはず。ただはっきりと言える事。それが「恋愛」の概念は人によって全然違う!それしかはっきりした答えがないのです。どうしたものでしょうね。

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人は出会いを探すために